[その四]

たてもんの夏。

夕暮れ時である。
ホースを伸ばし、庭木に水を浴びせていると、
「もうすぐ、たてもん祭りよね。」
縁側に、妻がグラスを用意した。一緒に飲みましょうか、ということらしい。

たてもん祭りは魚津の夏の風物詩である。帆かけ船のような屋台に八十あまりの提灯をつけ、若衆たちが引き回す。豊漁と安全を祈る勇壮な祭りだ。
夏が来て、このたてもん祭りが近づくと、ニューヨークから帰ってくる友人がいる。ロックで吟醸酒を飲んでるうちに、去年彼がいったことを思い出した。
「ニューヨークにはたいていの日本料理があるけれど、一つだけないそうだ。」
当ててみろ、と妻にいうが見当がつかないらしい。
「これだよ、これ。」
箸で鮃を一切れつまんだ。昼間、デパートで買ってきた『櫓旬』である。
単なる刺し身とは違う。昆布じめ刺し身である。子供の頃、祖母がときどき作ってくれた。うまいものは何年経っても、どんな料理よりもうまいのだ。東京人よ、ニューヨークっ子よ、食べたことあるか。
「あなたも佐藤さんもほんとうに好きね。白えびと車鯛も用意しておかなくちゃ。」
酔いが回ったせいか、蝉の声が祭りの音色に聞こえる。うまそうに『櫓旬』を食べる友人の顔が目に浮かぶようだった。